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震災の記録1
ここが落ちてしまったらどうしようもないと心配だった東結城−川島の鬼怒川橋梁ですが、崩落はしていませんでした。
鬼怒川橋梁
震災の記録2
昭和13年9月の台風被害で流失した橋梁跡の盛り土とレンガ部分にも、亀裂が入るなどの被害は無かったようです。
鬼怒川橋梁
震災の記録3
一部関係者の話として橋が落ちているという情報が出ていることから、自分の目でも確かめてみました。どこの橋とまでは情報が無いため闇雲に見て回りましたが、玉戸−下館にかかる大谷川橋梁も異常がないようです。
大谷川橋梁
震災の記録4
下館−新治で線路をまたぐ協和跨線橋から辺りを見回してみました。この辺りは小貝川も近く、田んぼが多いので地盤は軟弱かと思いましたが、そうでもないようです。
協和跨線橋
震災の記録5
続いて新治駅方を向いて撮影。安全点検のため多くの橋が通行止めとなっている中、この橋は何の被害もありませんでした。
協和跨線橋
震災の記録6
大和駅に到着すると、管理している地域住民が崩れた屋根の後片付けをしていました。
大和駅
震災の記録7
今回の地震で茨城県内ではグシと呼ばれる一番てっぺんの部分が崩落したところが多く、大和駅舎も同様の被害を受けました。また、窓ガラスも割れたようで、ベニヤ板で補強されていました。グシの修復は6月末、窓ガラスの入れ換えは7月末でした。
大和駅
震災の記録8
石の町を象徴する石灯籠も崩壊。列車が来る5分前でしたが、人が通ってなくて人的被害はありませんでした。
大和駅
震災の記録9
ホームには所々細かいひびが入ってましたが、たぶん元からだったと思います
大和駅構内
震災の記録10
大和−岩瀬にかかる桜川橋梁。橋の部分だけ線路が盛り上がってるように見えますが、これは元からの構造です。運転見合わせから間もなく1週間。線路は次第に錆び始め、どこからともなく飛んできた枯れ草が線路に被さっています。
桜川橋梁(烏山街道踏切)
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