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水戸線はほとんどの駅で荷役を行っていましたが、特に下館駅は栄えていた時代があったほか、
関東鉄道でも貨物を取り扱っていた時期があったため、比較的規模の大きい貨物ターミナル駅でした。
貨物線の一部は現在も残っていますが、荷役線は駐車場になっています。

  • 下館駅1−1
  • 下館駅北口を出て歩道橋を上り、エレベーター付近から岩瀬方面を見るととても良い景色が広がります。
    そこで下にある駐車場を見てほしいのですが、奥がJR貨物所管の月極め駐車場、手前がJR東日本の
    パーク&ライドになります。そこにかつて3本の荷役線がありました。駅の東にある村田街道踏切に
    貨物線の分岐器があって五行川まで線路が伸びていて、そこから荷役線へ貨車を押し込んでいました。
    貨物線については下項のミツウロコ専用線で説明します。

調査日:----年--月--日


下館駅と下館駅の東にあった(株)ミツウロコの下館コンビナートを結んでいた専用線です。
コンビナートといっても晩年は大きな貯蔵タンクが1基あったのみで、専用線自体もさほど長大なものではありませんでした。
1997年ごろに下館駅構内に茶ワムと一緒に黒タキが1両常備されていたのを自分でも目にしていましたが、
いつまで使用されていたか調べてみたところ、1997年3月で貨物輸送は終了していたそうです。

村田街道踏切(水戸線16K446M)

  • 貨物線1−1
  • 下館駅北口を出て新治側に向かってすぐの場所にある村田街道踏切から貨物線跡を確認できます。
    まず駅のほうを見ると分岐器が見えます。一見すると下り線の安全側線にしかみえませんが、
    実はここが貨物線との分岐点です。踏切付近の線路は撤去され、バラストが線路より1段高く敷かれて
    安全側線に転用されています。

  • 貨物線1−2
  • 踏切の新治側には線路が残ってます。よく見るとここにも分岐器がありますが、これは上項で紹介した
    荷役線への分岐器です。写真手前の架線柱の先にも本線と貨物線を結ぶ分岐器がありましたが、
    本線側は撤去されて残っていません。貨物線側には分岐器が残っています。

ミツウロコ専用線

  • 貨物線2−1
  • 村田街道踏切の北側で道路が急カーブしていますが、そこの東側にミツウロコがありました。
    コンビナートがあった場所は2009年ごろから宅地開発され、新興住宅地となっているので当時の面影は
    まったくありません。さすがに個人宅を接写してしまうのは色々と問題もあるので差し控えます。
    ご自分の目で確認してください。ただ、専用線だった場所だけ、今でも空き地になっています。

  • 貨物線2−2
  • 住宅地内の道路は一般道なので、普通に歩くことには問題ありません。ですが何度も言いますが、
    住宅地へと変わって痕跡は何一つ残っていないので、むやみやたらに痕跡を探すのは控えましょう。
    なお、貨物線との分岐点の位置確認として、ミツウロコ跡地の住宅地内を筑西市立中央図書館のほうへ
    向かうと「つるや質店」があります。そこから線路のほうを見ると「←P図書館駐車場」という看板が
    ありますが、その辺に貨物線と専用線の分岐点がありました。

貨物線(下岡崎跨道橋付近)

  • 貨物線3−1
  • 筑西市立中央図書館へ向かう道と線路が平行している所から、貨物線跡を容易に見ることができます。
    ただし夏場は草ボーボーで、その後も草刈がされていないと線路を見るのは難しいと思います。
    標識等も残っていて、それらはいつでも見れると思います。→ 画像1  画像2

貨物線(筑西市立中央図書館付近)

  • 貨物線4−1
  • 並行する道路、貨物線跡ともに、筑西市立中央図書館の前で五行川に突き当たって終わります。
    ここでは草ボーボーでなければ車止めを見ることができます。

第1回調査日:2013年5月3日
第2回調査日:2013年5月12日(2016年5月21日画像撮り直し)


真岡鐵道が国鉄だったころ、現在の下館駅1番線とその外側の線路以外に、さらに2本の線路がありました。
現在は下館駅1番線に近いところの1本を残し、一部は真岡鐵道の乗務員詰所やJRの保線関連施設になっています。

  • 下館駅3−1
  • 廃線跡は下館駅1番線ホーム最端から全景を見ることができます。1番線が真岡本線。土・休日を中心に
    ディーゼル機関車が止まっているのが真岡第一場内です。さらに目を凝らすと沿線案内の看板付近に
    ほんの数メートルだけ線路が残っている部分があり、ここが真岡第二場内になります。
    写真を撮影した1週間前にはレールスターが置いてあったので線路の位置が分かりやすかったのですが、
    いなくなっちゃってました。容易に見るには1番線の乗降口辺りからよく見えると思います。
    さらに左の建物がある部分に真岡第三場内がありましたが、こちらは完全に線路は残ってません。
    ちなみに本線と第一場内は、奥の南口駐輪場付近で線路が繋がっていました。
    後に真岡第一・第二場内は修繕線となり、真岡第三場内は廃線。そして現在に至っています。

    余談ですが、現在はJR水戸線と真岡鐵道の車両の出入りは1番線からしかできませんが、国鉄時代は
    分機器が両渡り線だったので、真岡線の列車が2番線から発着することができました。

調査日:2019年8月24日


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