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川島駅は北西に日本コンクリート工業の専用線、東に日立化成工業の専用線を抱える水戸線屈指の貨物ターミナル駅でした。
貨物線は貨物輸送の終了から暫くして本線と切り離されてしまいましたが、線路や架線柱は残っています。

  • 川島駅1−1
  • 川島駅には3番線ホームを下り第一場内として、下り第十一場内まで11本の線路がありましたが、
    3番線ホームが使われなくなると分岐器が撤去され、本線から完全に切り離されました。
    旅客ホームと平行しているのは下り第一〜第四場内の4本と日本コンクリート工業のパイル線で、
    下り第五〜第七場内は水戸線沿いに、下り第八〜第十一場内は日本コンクリート工業の各専用線へと
    繋がる貨物線沿いにありました。2013年にホームの嵩上げや連絡橋の架け替え工事で重機をいれるため、
    下り第一〜第三場内の線路の一部や手動のポイント切り替え機が撤去されています。

    下り第五場内は下り第二場内の延長線上で、下り第六・第七場内は下り第四場内から出入りします。
    跡地は一時期、月極め駐車場になっていましたが、現在は更地になっています。
    下り第八・第九場内も下り第四場内から出入りしますが、下り第十場内は第九場内から出入りします。
    跡地は筑西市役所川島出張所へ入る道路になっています。

調査日:----年--月--日


川島駅の北東にある日立化成工業(現 日立化成)下館事業所を結んでいた専用線です。
この専用線については調べている人も少なく、使用時期や廃線時期などはよく分かりません。

小川街道踏切(水戸線10K730M)

  • 日立化成工業1−1
  • 川島駅を出て左側にあるトイレの脇を通り抜け、線路沿いを少し歩くと歩行者・自転車専用の
    小川街道踏切にたどり着きます。ここからから下館側を見ると「Hitachi Chemical」と書かれた
    白い大きな建物が見えますが、専用線はこの建物の先に見える三角屋根の前まで敷かれていたようです。

  • 日立化成工業1−2
  • 踏切を渡って工場側に行くと、下り第三場内の延長線上の貨物線が残っているのを確認できます。
    この線路の途中で、専用線が工場内へと引き込まれていました。ここからだと貨物線との分岐点が
    どの辺にあったかは確認できませんが、実は何処からも見ることができないのがこの専用線の難点です。
    工場内へ立ち入ることができないのはもちろん、線路の南側も住宅地となっていて道路がありません。
    この専用線は調べる人が少ないと先述しましたが、そういう理由が大きいかと思います。

日製踏切

  • 日立化成工業2−1
  • 小川街道踏切から少し線路を離れ、住宅街を下館側に5分ほど歩くと日製踏切にたどり着きます。
    貨物列車は日製踏切の手前までやってきて、スイッチバックで工場内へ入っていったようです。
    踏切から下館側を見ると、貨物線の延長線上に歩道があってここも線路だったのではと思いますが、
    元々貨物線は踏切の手前までしかなく、日立化成の社員駐車場の一部を歩道にしただけのようです。

  • 日立化成工業2−2
  • 日製踏切から辛うじて貨物線の分岐点だったところを見ることができますが、それなりに距離はあるし、
    夏場は草ボーボーで分岐器が残っているかどうかは確認できません。

調査日:2013年5月12日


川島駅の北にある日本コンクリート工業川島工場を結んでいた専用線です。
専用線自体の廃止日は不明ですが、JR八高線寄居駅からのセメント輸送は1997年3月20日で終了しています。

川島駅構内

  • 日本コンクリート工業1−1
  • 貨物線自体はJR貨物の所有で、川島駅構内にゼロキロポストがあります。→ 画像
    そこから途中で枝分かれするように、パイル線、サイロ線、ポール線と材料別に3つに分かれます。
    川島駅構内からは、貨物線と下り第十一場内、パイル線があった部分を見ることができます。
    すべて電化されていたので電柱の幅も広かったのですが、その後縮小されて現在の形になっています。

関本街道踏切(貨物線0K336M)

  • 日本コンクリート工業2−1
  • 川島駅を出て線路沿いを結城方面に歩くとすぐにJR水戸線の関本街道踏切にたどり着きます。
    踏切を渡って少し歩くと、貨物線の関本街道踏切跡があります。そこからまずは川島駅側を見てみます。
    駅構内からも見て取れましたが、電柱は残っているものの、架線はありません。
    下り第十一場内は踏切手前までありましたが、パイル線は手前から3本目の電柱辺りまでだったようです。

  • 日本コンクリート工業2−2
  • 続いて工場側。こちらは電柱だけでなく架線も残っています。右の工場との間が少し空いているように
    見えますが、ここにサイロ線がありました。分岐点は写真よりもう少し手前にあって、
    スプリングポイントと思われる分岐器の設備が残っています → 画像

東鉄運輸土木付近

  • 日本コンクリート工業3−1
  • 貨物線の関本街道踏切跡から川島駅へ30メートルほど戻ると、舗装されていない砂利道があります。
    そこは鬼怒緑地公園へ続く道なので一般の人でも通り抜けが可能ですが、一部は私有地なので
    配慮して通行してください。暫く歩いてソーラー発電施設を抜けると鬼怒川の河川敷に出られます。
    そこから工場をみると、サイロ線の末端だった場所を見ることができます。

鬼怒緑地公園(南側)

  • 日本コンクリート工業4−1
  • 鬼怒緑地公園に入ると高さ5mほどの大きな堤防のような盛り土が立ちはだかり、廃線跡を見ることが
    できなくなります。盛り土の一番南から見える電柱付近の荒れ具合から、余計にその先の状態が
    気になります。盛り土が何の意図で存在しているのか不明で、登っていいものなのか分かりません。
    仮に大丈夫だとしても、夏場は草ボーボー、登る気力をそがれるような急勾配なので、私は登りません。
    なお、盛り土と廃線跡の間は個人の畑となっていて、立ち入ることはできません。

鬼怒緑地公園(北側)

  • 日本コンクリート工業5−1
  • 鬼怒緑地公園内はずっと盛り土が続いているため、次に廃線跡に出くわすのは公園の北端となる
    正規の公園入口付近となります。鬼怒緑地公園を出るような感じで舗装された道を進もうとすると、
    歩道が始まる部分から工場の方まで上河原線と呼ばれる砂利採掘線がありました。
    畑のあぜ道と勘違いしそうですが、実は廃線跡です。

  • 日本コンクリート工業5−2
  • 上河原線の跡地を工場の方へ向かっていくと、工場に突き当たります。そこが貨物線と上河原線、
    ポール線の分岐点で、ポール線はここからさらに北(写真の左側)へ伸びていました。

上河原線

  • 上河原線1−1
  • 上河原線は日本コンクリート工業の専用線ではありませんが、ここまで来たのでまとめて説明します。
    公園入口の歩道がなくなる部分に線路があり、採掘された川砂利の積み込みが行われていました。
    3本の線路すべてが電化されていて、昭和40年代をピークに栄えていたようですが、昭和50年ごろに
    川砂利の採掘が禁止(制限?)されると、使われなくなったようです。
    私有地かつ夏場は草ボーボーで近づくのも困難な場所でしたが、2017年末からは国道50号新川島橋の
    4車線化工事に伴う資材置き場となっているので、やはり近づくことはできません。

第1回調査日:2013年5月12日
第2回調査日:2018年3月25日


現在調査中...


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